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おじさんは、やっぱり80年代が好きです・・・^^; <特別編⑧> [80's J-POP]

夜型人間を自負していたのですが、
このところ夜遅くまで起きているのがしんどくなってきた銀狼でございます^^;

まぁ、イイ歳こいたオッサンなわけですから、致し方ないんでしょうねぇ;^_^A
でも、ススキノ出ている時だけは何時まででも平気ですが(笑)



さて、新春一発目の記事において、
たくさんの方からご挨拶のコメントを頂き、本当にありがとうございました。

昨年はなかなか思うように活動出来なかったにも拘わらず
これだけお声をかけて頂けて、ソネブロの皆様の温かさをしみじみと感じております。

改めて今年も宜しくお願い申し上げます<(__)>



では、今年2本目の更新といきますか^^ゞ







ちょっと時期的に触れるのが遅くなってしまいましたが、
昨年の大晦日について


何十年ぶりかで紅白を真剣に観たわけですよ(笑)


「そりゃあ松田聖子が初の大トリを飾るからなんだべや?」

まぁ、それが一番の理由なのは想像に難くないでしょうね^^;

でも、我が歌姫の他に80年代を彩った”あの”2人が揃うわけですから、
私としては観ないわけにいかないわけですよ^^




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デビュー35年目にして、初の大トリを務める松田聖子

紅白という大舞台でついに4年ぶりの復帰を果たすこととなった中森明菜

昨年、ドラマの役柄での出演はあるものの、本人としては初出場となる薬師丸ひろ子



この場でずっと80年代のJ-POPを語ってきた私としては、
この顔触れが揃うとなれば、もうテレビの前にずっと正座状態なわけで(笑)



残念ながら事情により、中森明菜は中継出演となってしまいましたが、
それでも私的には始まる前からもうお腹いっぱい(笑)


そして、本番前日のリハーサルでは、こんな2ショットまで。。。


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全盛期から30年以上経ってしまいましたが、
この2人が隣合わせで並ぶ姿を見られるとは・・・

本当に感慨無量の思いなのであります(←大袈裟 笑)



さて、そんな80年代を代表する3人がどのようなパフォーマンスを見せてくれたのか。。。




まずは薬師丸ひろ子から振り返ってきましょう。



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先程も触れましたが、
昨年の紅白にて、「鈴鹿ひろ美」として一応初出場は果たしていた薬師丸ひろ子


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あまちゃんの挿入歌である「潮騒のメモリー」を堂々と歌い上げておりました。

小泉今日子の方は緊張感がありありと伝わってくる感じがした分
余計に薬師丸ひろ子の歌いっぷりが際立っていた印象があったのですが・・・


「薬師丸ひろ子」としての初出場では、やはり緊張感は拭えなかった感じを受けましたねぇ。


久々に「Woman~Wの悲劇より~」を聴きましたが、
声がこわばっていたような気がします。



やはり、この人は”女優”なんでしょうね。

昨年は「鈴鹿ひろ美」という役柄に徹し、
それを演じ切っていたからこそ、堂々とした歌いっぷりが観られたのでしょうが、
「薬師丸ひろ子」個人としては、やはり紅白の舞台は緊張するんでしょう。


そんな事を感じながら、テレビを観ておりました。。。





そして、時は22時40分頃



ついに中森明菜が出演です。



聖子ファンの私も固唾を飲んで映像に食い入りました。



ただでさえ、ウィスパーヴォイスと言われる明菜ですが、
極度の緊張からなのか、冒頭では何をしゃべっているか聞き取るのに苦労しました^^;

表情もこわばりまくってましたし。。。



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しかし、曲が始まった途端 表情が一変します。

そして、一気に明菜ワールドへと我々を誘うのです。


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全盛期に比べれば声の張りが弱くなってはおりますが、
正直なところもっと声が出ないのでは?・・・との不安もあっただけに
予想以上の出来栄えだったのではないかと私は感じました。

新曲「Rojo -Tierra-」もエレクトリックなアレンジを施したアフリカン調のメロディーが
明菜のイメージにバッチリハマっているのではないかと。。。



2015年 本格的な活動再開に期待が持てそうですね^^








さぁ、そしていよいよ・・・


我が歌姫の出番です。




前日までのリハーサルで圧巻の姿を見せていたとマスコミから伝えられていた聖子


画像で見る限りでは余裕も伺えておりました。


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和田アキ子と笑顔で会話する様子からも、あまり緊張感は感じられておりません。


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本番当日


自らの出番の前に愛娘・神田沙也加が歌う様子を見守る姿には
感動したとの声も多く聞かれました。


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そして、NYからの娘のLIVE映像との共演シーンでは・・・


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こんな姿にジーンとさせられながら、「その時」を迎えます。



ですが、テレビの前の私ときたら
白組トリの嵐が出てきた時点から、猛烈に緊張してきまして(滝汗)

なぜか、えずきまくる有様に(爆)



家族からも

「お父さんがそんなに緊張してどうするの(苦笑)」

「ファンがそんなに緊張してたら、肝心の本人に伝染するよ」

なんて言われておりましたら・・・



言われる通り、見事に本人も極度の緊張状態に;^_^A



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巷では色々と言われているのは承知しております。


確かに紅白では声が出ておりませんでした。



ネット上などでは、相当こっぴどく言われておりますが、
これはあくまでも大舞台での緊張が原因であると言えます。


現に昨年夏に行われた札幌のコンサートでは、
しっかりと「あなたに逢いたくて」を歌い上げておりました。

声質こそ変化はあるものの、歌姫健在を示すには十分のパフォーマンスでした。


それを知っているからこそ、紅白での聖子の姿は本来のモノではなかったと言わせて頂きます。


司会の吉高由里子が「聖子さんでも緊張するなんて・・・」と言っておりましたが、
周りにもその様子がはっきり伝わるほどの緊張ぶりだったのでしょう。


歌い終えてからの、この表情が全てを物語っております。


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私も「何とか歌い上げたぁ~」とホッとして、
一気にビールを飲み干しました(笑)
それまで我慢して飲んでいなかったのです^^;



もっとスゴイ出来栄えであれば、良かったのは言うまでもありませんが
緊張感いっぱいの聖子の”ありのまま”の姿が拝めたのも大舞台ならではだなぁと
ファン歴36年目の私としては思うわけです。。。



そういえば、後日 福山雅治が自らのラジオ番組で紅白での聖子を語っておりました。




「聖子の声が出ていなかった」とか
「明菜の映像は録画じゃないの?」などと
ああでもないこうでもないと語る人もおりますが、
同業者の立場として、福山のような意見がある事は
ファンとして素直に嬉しく思います。



まぁ、いろんな意見こそあれど

80年代を席巻した3人が30年以上の時を経て、
同じ番組で歌う事が出来たという事実


これが私にとっては一番大きい事なのです。


紅白の在り方自体にも疑問を投げかける方もいらっしゃるようですが、
こういう機会は紅白でなければ作れなかっただろうとも思います。

ただ、今回の紅白は我々40~50代に的を絞り過ぎたかなぁとも思いますが・・・




まずは中森明菜の完全復活を待ち、改めて3人が

いや、他に小泉今日子なども加えた更なる豪華なラインナップでのステージが
いつか観られたらいいなぁ。。。


NHKさん、どうっすか?

SONGSあたりでやってくれないっすかねぇ?^^;



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おじさんは、やっぱり80年代が好きです・・・^^; その34 [80's J-POP]

本日(4月8日)次男の高校入学式に出席してきた銀狼でございます^^


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式が始まる前に在校生の合唱部が歌を唄って飽きさせないようにしてくれてました




なんか最初は「高校の入学式までオヤジが出るのもどうなのかなぁ。。。」
なんて思っていたのですが、いざ出てみたら殆どの生徒が両親付き添いだったのがビックリ!
まぁ、私もその一人ですが^^;
自分自身には縁がない学校だったので、ちょっと行ってみたかったりして(笑)


入学式はお昼からだったのですが、式が終わると同時に
仕事を抜け出してきたお父さん連中が一斉に退場しましたよ(笑)







さて、少しは落ち着いてブログに時間を割けるようになった事もあって、
ちょいと今までの流れを改めて自分なりに振り返っておりましたところ・・・



すっかり更新を忘れてしまっているシリーズネタが多い事が発覚(汗)

そんなわけで、慌てて色んなシリーズネタの再開を行って行く事にします;^_^A




で、まずは手始めに私の記事の中でも主要なシリーズネタであったはずの
「80年代J-POP」シリーズから行ってみませう!^^


でも、今回挙げるアーティストはちょっと80年代で括るのには
ちょいと無理があるかもしれませんが・・・





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このジャケットを見てピン!ときた方


はい、見事に中年真っ只中です(爆)


70年代の終わりから80年代の始まりにかけて、ご機嫌な作品を立て続けに発表しながら、
あっという間に駆け抜けて行ってしまった伝説のバンド「SHOGUN」


SHOGUNって?・・・

と思われた方でも、これらの曲を聴いて頂ければ
「あぁ、この曲ね!」と感じる方も多いのではないでしょうか?^^












最初の動画の曲はTVドラマ「俺たちは天使だ!(主演:故・沖雅也さん)の主題歌となっていた
「男達のメロディー」

次の動画はこれまたTVドラマ「探偵物語(主演:故・松田優作さん)」の主題歌となっていた
Lonely Man」


SHOGUNという名前は知らなくても、大ヒットドラマの主題歌でしたので
一度は耳にされたことありますよね?^^



中心人物はVo.&G担当の芳野藤丸(我が北海道は函館出身です)

70年代から音楽活動を行い、西城秀樹のサポートバンドなどを経て
1978年に故・大谷和夫さん(2008年逝去)・長岡道夫と共に前身のOne L Bandを結成
翌年、ケーシー・ランキンなどを迎え「SHOGUN」として本格的に始動する事になります。


そして、メジャーデビュー曲となった前述の「男達のメロディー」でいきなりのブレイク!



人気ドラマの主題歌に採用されたせいもあるでしょうが、
ソウル・ファンクなどの要素も盛り込みながら、どっしりとした安定感のある大人のロックという佇まいが
それまでの日本のロック界にはなかった存在として、洋楽ファンに至るまで幅広く認められたのです^^


元々腕利きのスタジオミュージシャンの集まりだったため、その実力は折り紙付きだった彼ら

「世界に通用するバンドにしよう」との思いで名づけられた”SHOGUN”の名に恥じない
数々の名作を生み出し、あっという間に人気バンドとしての地位を確立するのです。
成り立ちは「日本版TOTO」っていうところでしょうか^^




しかし・・・




活動僅か2年で解散の憂き目に。。。(汗)

芳野・大谷の両名が法律に触れる葉っぱ吸っちゃったんです(汗)




惜しまれながら突然の解散の後、
ケーシー・ランキンが全然違うメンバー連れてきて、いきなりSHOGUN再結成とのたまったり、
90年代にも再結成→解散なんて事もあったりと色んな波が起こりましたが・・・


なんだかんだで現在でもSHOGUNとしての活動は継続中^^



ガキの頃は「ちょいと渋めのオッサン達の洋楽っぽいカッチョイイ曲」ってノリで聴いてましたが、
歳を重ねてくるにつれて、どんどんSHOGUNの良さが沁みてくるような気がします^^


変な例えですが、
私の中では”良質な大人の不良”って感じがするSHOUGUNのサウンド


な~んか”粋”なんですよねぇ。。。^^


あぁ、私も粋なオヤジになってみたかった(爆)





最後にもう1曲 これまた名曲「BAD CITY」を懐かしの映像でお楽しみ下さい^^♪









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おじさんは、やっぱり80年代が好きです・・・^^; <2013クリスマス編> [80's J-POP]

先日、ある事で長男の高校から呼び出しを喰らった銀狼でございますorz
たいした事ではないんですが、呼び出される気分は良くないですな^^;


その際に、「〇〇(長男の名前)がオヤジが来るんだって!」
と長男の友人の間で話題となったらしく、教室の窓から私が来るところをチェックしていたらしく(汗)

で、私が姿を見せた途端、
それまで騒いでいた友人達はなぜか一斉に無言になったそうです(苦笑)



なんでだべ?(爆)





なんか複雑な気分なので、とりあえず気分を変えて唐突に・・・




Merry Christmas!☆彡







私自身、ここ2年ほどの間は
単身赴任先の塒でロンリークリスマスを味わっておりましたが、
今年は、久々に家族で過ごすことが出来て、ホッとしております。



そんな久々の札幌での師走の最中、ある事を思い出しまして・・・





徐々にブログも従来のネタを挙げてきていたのですが、
ずっと続けていたシリーズ物をすっかり忘れていた事に気づきました(汗)


私が大好きな80年代J-POPを取り上げているシリーズを
7月から全く書いてなかった・・・orz




なので、今回慌てて取り上げる事に致しました(苦笑)


ただ、本来は80年代に活躍したアーティストを1人(1組)取り上げた上で、
色々と掘り下げて書くのが私なりのスタイルなのですが、
今回は推敲している時間がございません(汗)

てなわけで、てっとり早く挙げられる動画祭りにしちゃいます;^_^A



今回は、時期的にぴったり来る「80'sクリスマスソング特集」で行きましょう!
「あまりにも短絡的だ」って声が聞こえてきそうですが(汗)






以前、2010年にもクリスマスネタという事で、
私が敬愛する佐野元春の「クリスマス・タイム・イン・ブルー」にスポットを当てて
取り上げたことがあるのですが、その他にも今現在でもよく耳にする事が多い
80年代のクリスマスソングは、なんまらたくさんあるわけです^^

佐野元春「クリスマス・タイム・イン・ブルー」の記事→http://ginrou-enr34.blog.so-net.ne.jp/2010-12-12




まずは、すっかりド定番となったこちらの曲から!






今回はなまらベタな選曲になってしまうのですが、
その中でも一番ベタな曲から・・・;^_^A

でも、山下達郎の「クリスマス・イブ」('83年)は欠かせないナンバーだろうっちゅうわけで^^ゞ
英語詞ver.ですが

懐かしのCM動画も一緒に楽しんでみて下さい^^♪







さて、お次はこちらの曲でも。。。






これも皆さんご存じの坂本龍一「Merry Christmas Mr.Lawrence」('83年)
”気分のアガる”クリスマスソングというわけではないですが、やっぱり外せない曲だなぁと^^

しっとりとした気分でグラスを傾けながら聴くのにはピッタリでしょうか。。。^^








3曲目は私個人的には定番となっている曲です^^






私が大好きな杉山清貴のナンバーから「最後のHoly Night」('86年)
特に細かい説明は致しませんが、何度カラオケで唄ったことか(爆)
でも、今はキーが合わなくなってきて唄えないかも(涙)

以前挙げた杉山清貴記事→http://ginrou-enr34.blog.so-net.ne.jp/2010-07-30







4曲目も私の中では定番曲となっているモノを。。。







やっぱ、浜省は沁みるなぁ。。。^^
'81年発売のシングル「悲しみは雪のように」のB面曲であった「センチメンタルクリスマス」('81年)
なまら心が温かくなる素敵なラブソングだと思いませんかぁ?^^








まだまだ行っちゃいます^^;

今度はアイドルソングの中から、クリスマスソングをご紹介しましょう^^





現在でも当時と変わらぬ清純派の印象が強い菊池桃子
彼女の3枚目のシングルとなった「雪にかいたLOVE LETTER」('84年)も
アイドル好きの中ではクリスマスソングとして知られております^^







そろそろ締めに致しますが、最後もベタな曲で。。。^^;





ユーミンの「恋人がサンタクロース」('80年)
考えてみたらこの曲の発表から、早いものでもう33年経つわけですが(汗)
全然色あせないところが凄いですよねぇ^^



ご本人の曲はもちろんいいのですが、
私 銀狼としてはこれも挙げないわけにイカンでしょ!^^






私のブログでは、もう3~4回くらいこの動画貼ってる気が^^;

我が歌姫もご本人から遅れる事2年
'82年にアルバム曲でカバーしておるわけですよ^^♪
「金色のリボン」聴いてますか?suzuran6さん!^^





てなわけで、結局最後は聖子の動画貼ってる私(笑)


じっくりと選曲を考える時間がなくって、どれもベタな曲となってしまいましたが、
殆どの曲が今の時代になっても当たり前のように流れている事を考えると
やはり80年代の曲は本当にイイ曲が多かったんだなぁと改めて感じるわけです^^


さぁて、何とか無理矢理記事をまとめたから、
酒でもかっくらってクリスマスに浸る事にしますか(笑)


ん?「お前はクリスマスじゃなくても酒ばっかりだべ」って?
仰る通り!(爆)





次回更新は27日です。


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おじさんは、やっぱり80年代が好きです・・・^^; その33 [80's J-POP]

このところ 相変わらず酔っ払ったまま座椅子で寝落ちする事が多いのですが、
週末も思いっきり寝落ちどころか爆睡して、すっかり寝違えてしまった銀狼でございます^^;


オールスター観ながらハイボールが進み過ぎちゃったみたいで・・・;^_^A





さて、今回はお得意の80年代J-POPシリーズで行ってみようかと。
国民にとって大切な選挙の後なのにノーテンキな話題でいっちゃいます(苦笑)


このシリーズも、ここ数回はAOR系に絞ってとりあげておりましたが、
今回はある意味「旬」な方をピックアップしてみたいと思います。。。








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皆さん御存知、小泉今日子です^^


我が永遠の歌姫・松田聖子、中森明菜と並んで
80年代女性アイドルの中心人物であった事は言うまでもありません。

聖子・明菜・KYON2が三大女王だったと言いきっても過言ではないだろうと思います。



3名それぞれにキャラクターが確立されてはいるのですが、
私的にKYON2と他の2名の違いを感じるところがあるのです。

聖子・明菜の両名は、デビューから現在に至るまであくまでも「歌手」である事に拘り、
どちらかというと周りが創り上げてきたイメージを守ってきたような印象を受けます。

一方、KYON2の方は、いつの間にか歌手から女優に軸足を移し、
イメージに関しても自らが創り上げてきている印象が強いかと。



イメージを創る というよりも、自分がやりたいようにやって行きながら
その時点のありのままの姿を曝け出していると言った方が適切かも知れません。


とにかく飾らない

生き方自体がとてもナチュラルに感じるのです。



この場所でよく現在の聖子の事を取り上げると
お越し下さる皆様方からは「50歳になっても可愛いね~」とお世辞(笑)を頂くのですが、
KYON2の場合は私的には「カッコいい」って言葉が似合うような気がします。


冒頭の画像をご覧頂いても判ると思うのですが、
年齢相応の皺も目立ってくるようになりましたが、あえてそれを隠そうともしない。
年齢としては私と同い年 早生まれなので学年は私より1個上ですが


「アイドル」という概念からすれば、顔に刻まれた年輪を隠したくなる気がするのですが、
それも勲章だとばかりに曝け出しております。



それが何とも潔い。。。

なまら”イイ女”だなぁって私としても思ってしまうのです^^




思えばデビュー当時は、他のアイドルと同じく王道のアイドルを要求されておりました。

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しかし、程なくしてそんな事務所の方針に嫌気がさし、
誰の許可も得ないまま、髪をバッサリと切るどころか「刈り上げ」にするという行動に。。。

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それでも十分に「可愛い」のですが(笑)







また、時には「人拓」をとるなどという突飛な行動も見せた事もありましたねぇ^^;


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自らのやりたいようにやって行きながらも
敵を作る事もなく、多くの方の支持を受け続けているのは
ホントに凄いなぁと、改めて感じさせられます。
アイドル時代に「喫煙者」である事を自ら暴露したのも、今考えても凄い事です^^;


どちらかと言うと、聖子や明菜ちゃんには「アンチ」的な存在がおりましたが、
アンチKYON2というのを聞いた事がありません。

そして世間を震撼させるような大きなスキャンダルともほぼ無縁
離婚や若い某アイドルとの噂もありましたが、全くイメージダウンにならないのがまた凄い


また、好き勝手な活動を行ってきたにも拘わらず、
事務所との軋轢などもなく、デビュー以来ずっと同じ所属事務所でいるというのも
非常に稀な存在でもあるのです。



なぜ、こんなにKYON2が受け入れられるのか?・・・



以前、少しだけ業界に首を突っ込んでいた私の知人から聞いた話を。。。


ある番組の収録でスタッフとして参加した私の知人。

そこで、初めて生のKYON2と会ったのですが、その立ち振る舞いに驚いたそうです。

なまら偉い方から底辺の若手スタッフに至るまで
態度を変える事などせず、分け隔てなく接していたそうです。

逆に若手のスタッフによく声をかけるなどしていたとも。

でも、その姿には計算などが一切感じられない。

気さくで飾らないキャラクターのまま
それでいて、さりなげく気配り・心配りが出来る人だと甚く感心しておりました。



こういった人柄が皆をKYON2好きにさせるのでしょうね^^


デビュー前は親御さんの事情もあって、かなり苦労した生活をしていたとも聞いておりますが、
そうした経験をしたからこそ、この人柄が形成されたのかも知れませんね。。。




私的には、デビュー当時からKYON2を見続けてきておりますが、
バリバリのアイドル時代は正直強い興味は持っておりませんでした。

もちろん可愛いなぁくらいの印象は持っておりましたが・・・


私の中でKYON2に興味が湧くようになってきたのは、実は90年代になってから

アイドル歌手と女優業を本格的に並行して行うようになってからです。



「女優」としての小泉今日子も魅力的でしたが、
「作詞家」としての彼女に強く興味を持つようになりました。


90年代に入ってからは自作の詞で作品を発表するようになったのですが、
これがなかなかいいんでないの?と思わせてくれるモノばかり。


そんな中で、彼女自身の最高傑作となったのがこの有名な曲です





この曲を主題歌とした出演ドラマとの相乗効果もあって、
KYON2最大のヒット(売上枚数としては彼女唯一のミリオン)を記録致しました。




そして、私がとにかく大好きなこの作品も。。。




これも出演ドラマの主題歌でありましたが、
上記の「あなたに会えてよかった」の次に売れた作品となっております。

聖子以外の女性アイドル作品としては、私がずっとイチオシにしている曲なのです。
先日のオフ会の時もこれを唄ってくれと某ブロガーさんにお願いしました^^;



KYON2の作詞というか言葉の選び方の才能は、大したもんだなぁと。。。

特に奇をてらうような表現をしているわけではないのですが、
前述した彼女のナチュラルさが聴く側の心に自然と沁み込んでくる感じなんですよねぇ^^





近年は、女優業もますます好調なKYON2

今現在、大人気となっているNHKの朝ドラを筆頭に出る作品の殆どが大きな話題に。
と言いつつ、私は1回も「あまちゃん」観ておりません^^; 多分、1回も観ないで終わると思います^^;


そして、かつての盟友達との競演も多く見られるように。。。


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今年でデビュー31年となりますが、
常に話題の最前線であり続けてきて、画面で観ない時がないのは
80年代アイドルの中では彼女だけではないかと思うくらいです。


これからも、上手に歳を重ねながら
ますます”イイ女”でいてくれる事でしょうか。。。^^


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次回はオールスターゲームの総括とプロ野球後半戦開幕の話題をお送りする予定です
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おじさんは、やっぱり80年代が好きです・・・^^; その32 [80's J-POP]

久々に大雨に見舞われましたが、
どうも雨の日の歩き方が下手くそで困っている銀狼でございます^^;


雨の日になると、必ずズボンの裾に「ハネ」をあげてしまうんですよねぇ。

色々と歩き方を研究しているのですが、何をやってもズボンのすそがよごれてしまふ。。。
一説にはガニ股が良くないとか・・・確かに私はガニ股歩きですが^^;


どなたか酔い良い歩き方をご教授下さい~^^;






なんてお願い事から記事を始めてしまいましたが・・・

今回の本題は80年代のJ-POPをまた取り上げてみようかと。


先日、突然私の頭の中にふっと浮かびあがった人なのですが、
偶然にもその日に仲良くさせて頂いているブロガーのゆうのすけさんが
ご自分の記事に取り上げられていてなまらビックリ!^^

で、どうせなら私も書いてみようと思っちゃったわけです^^;



ただ、心配なのは・・・

どれだけの方がご存じなのか、ということ^^;


過去にも80'sのアーティストを取り上げても
殆どの方が「知らない」という事も多かったものですから(汗)

ご存じない方が多かった事例(汗)
宮原学http://ginrou-enr34.blog.so-net.ne.jp/2011-06-25
横山輝一http://ginrou-enr34.blog.so-net.ne.jp/2011-05-22


さて、今回ご紹介したいアーティストは・・・









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山本達彦です。







シングル曲でのビッグヒットは全くありませんが、
80年代を過ごされた方なら、一度はどこかで彼の曲を耳にした事があるはずかと。。。^^



ちなみに若い時はこんな感じで。。。



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如何にも女性に好まれそうな感じのルックス
そして如何にも80年代っぽいバブリーな感じ(笑)

このルックスと甘い歌声で80年代初期~中期にかけては
女性の支持を多く集めていたものです^^


このシリーズの前回で取り上げた稲垣潤一と同じくAORのジャンルに属するわけですが、
当時はまだAORというジャンル自体が確立されていなかった事もあり
山本達彦を称して「シティポップスの貴公子」なんて呼び方もされておりました。
稲垣潤一の記事⇒http://ginrou-enr34.blog.so-net.ne.jp/2013-06-08



そんな山本達彦ですが、デビューしたのは「オレンジ」というバンドの一員としてでした。
1974年にメジャーデビューを果たしますが、2年後にあえなくバンドは解散。

1978年にソロとしてデビューするのですが、正直なところパッとしない日々が続きます。。。




ようやく日の目が当り始めたのは1982年

このシングル曲でした





「LAST GOOD-BYE」という曲で
確か何かの映画の主題歌だったはず。。。
調べてみたら石原良純の初主演映画だったようです(笑)


この曲で認知度が高まった後、
シングル曲が色々なCMソングに起用されるようになります。
私も山本達彦を好きになったのがこの曲でした




'83JALの夏キャンペーンソングになった「MY MARINE MARILYN」






インスタントコーヒーのCMソングになった「夏の愛人」





シングル曲ではないのですが、三菱ミラージュのCMソングになった
「Sunrise Highway」




あれ?どの曲も知らないとか?^^;




色んな作品がCMソングに起用された割に、シングル曲が大ヒットとはならなかったのですが、
アルバムに関しては80年代にはオリコンチャートでもベスト10の常連に。

ライブもOL層を中心に大盛況でした。



女性人気が多かった山本達彦ですが、
なぜか野郎の私も友人と一緒にハマって聴くようになっておりまして^^;

稲垣潤一の時にも書いているのですが、
こういう都会的な雰囲気に憧れていたんでしょうかねぇ。



当時(というか今でも)「山達」と言えば「山下達郎」ってのが定番なわけですが、
80年代のこの当時は私と友人の一人は常に「山本達彦でしょ!」って言ってたくらいで^^;




その後はシンガーとしてよりもライター活動に重きを置くようになっていくのですが、
現在でも活動を継続されていてライブ等も行っているようです。


ふっと思い出したら無性に聴きたくなってきたので、
ブッ〇オフでアルバム探してみようかなぁ。。。



あ、ちなみに山本達彦と安倍首相は大学の同級生らしいですよ^^;
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おじさんは、やっぱり80年代が好きです・・・^^; その31 [80's J-POP]

梅雨に入ったにも拘わらず、雨どころか暑さが続く毎日・・・

昨年までは気温が25度を越えると汗が滝のように流れていたのに、
今年はあまり汗をかかなくなってきた銀狼でございます。



約2年近く首都圏に住んでいるおかげで、流石に暑さに慣れてきたのかなぁ?^^;

それともダイエット効果か?

単身生活の2年の間に体重が15kg落ちまして、
ジーパンのサイズも3インチダウン^^v

確かに痩せてきて方が汗はかかないみたいです^^




なんて、相変わらずどうでもいい事から書き始めましたが、
今回はすっかり忘れかけていた「80年代J-POP」シリーズを久々にお送りしようかと。


先日、DEBDYLANさんの記事にコメントした時に
ふっと思い出したアーティストがいたんですよ~^^




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稲垣潤一です。


出会いは、私が中学卒業を目の前にしていた1982年1月

高校受験へのプレッシャーも感じていた頃であり、

我が歌姫・松田聖子が「聖子ちゃんカット」からばっさりとショートヘアーにして
受験どころではないくらいの衝撃を受けていた頃でもあります(笑)





そんなある日、
私はラジオから流れてきた曲に耳を奪われました。


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本人が唄っている動画がない(泣)



彼のデビュー曲である『雨のリグレット』です。




前年に寺尾聰が『ルビーの指環』などで大ブレイクをし、
私自身もジャパニーズAORというジャンルに興味を抱き始めていた時だったのですが、
この曲を聴いた途端に「ビビビッ」(ℂ松田聖子 笑)と来たわけです。

鼻にかかったというか くぐもった感じも受けるのに
透明感を感じる歌声が妙に私の琴線に触れたんですよねぇ^^



北海道という田舎で暮らしていたせいか
AORが持つ都会的なイメージに憧れを抱いていたのですが、
この稲垣潤一の出現がきっかけで、AORを意識して聴くようになった私。

と言いつつも、しばらくは彼のレコードを買わずに貸しレコード屋で借りてばかりでしたが^^;
だって、小遣いは聖子のレコード等に全て消えてしまうので(笑)





都会的なイメージで売りだした彼でしたが、実はかなりの苦労人だそうで。。。



地元・仙台でアマチュアとして活躍後、
メジャーデビューを夢見て上京するわけですが、デビューする事すらままならず。

一度は仙台に戻りナイトクラブなどで演奏する日々が続いたそうです。

で、結局10年もの下積み期間を経て、
ようやく上記の『雨のリグレット』でデビューを果たすのですが、
既にこの時で29歳になる年。

なまら遅咲きだったわけです。
デビュー当時は「やたらと老けた新人だなぁ」と思ってました^^;




独特の透明感ある歌声の他に彼にはもう一つの特徴が。


デビューからしばらくは、ドラムを叩いて唄っておりましたよね^^

これがまた新鮮だったんですよ。

なんたって、ドラム叩きながら唄う人を観たのは
あの”リューベン”以来ですから(笑)
リューベン&カンパニー憶えてる人いますか?
後にCCBの笠などドラム叩いて唄う人が出てきましたが





また、彼はライター活動も行っておりますが、
どちらかというと「ヴォーカリスト」に徹している面も大きな特徴でしょうか。

ヒット曲の殆どが他の作家からの提供作品なんです。

まさに天性のヴォーカリストなんでしょうね^^



その後の活躍は、もう皆さんの御存知の通り
また端折ったな(笑)

2ndシングル『246:3AM』を始めとして
80年代前半~中盤にかけてビッグヒットを次々と飛ばし、
J-AORを引っ張る存在として活躍を見せてくれましたね。




現在は、2008年にリリースした女性ヴォーカリストとのデュエットカバー盤
『男と女』シリーズが当ったため、カバー曲を中心に活躍中。
また、地元愛が強く、震災後は東北復興のイベント関係に積極的に出演している姿もよく観ます。



ただ、カバー曲も見事に唄いこなしてますが、
久々にオリジナル曲も聴いてみたいなぁ、なんて思いも感じるのです。



遅咲きの彼も、今年で何と還暦に!(驚)


歳を重ねても透明感ある歌声は健在ですし、
オリジナルでのヒット曲も期待したいところですね。。。^^






最後に私が特に好きなシングル曲を2曲ほど

残念ながら本人が唄っている動画が見つからないのですが(涙)







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おじさんは、やっぱり80年代が好きです・・・^^; <番外編> [80's J-POP]

市川海老蔵が1日に10数本もブログを更新していると聞いて
思わず「あんた暇かっ!」と心の中でツッこんでしまった銀狼でございます(笑)


まぁ、私にとってはどうでもいい事なんですど^^;
私のブログ自体が常にどうでもいいネタばかりですが(苦笑)



またまた長くなりそうなので、さっさと本題の方に移りましょう^^;


今回は、以前から触れてみようと思いつつ、挙げるのをためらっていたネタにしてみようかと。。。

但し、結構重たいネタになっちゃうかも知れませんが・・・

よ~く御存知の方もいれば、全く知らない(or興味がない 笑)って方と
真っ二つに分かれそうなネタになりそうです。





さて、暦も4月となって新年度がスタート

学校を卒業して、新社会人として張り切っていらっしゃる方も多い事でしょうか。


ここで、とある高校のちょっと古い卒業アルバムの一部をご覧頂きたいと思います。







堀越1986 3-D 01.jpg


27年前となる1986年の堀越高校 芸能コース3年D組の卒業アルバムの一部です。

アラフォー以上の方には馴染みの顔・名前が並んでおりますね^^


まず、私がこれを最初に見た時に思った事は・・・



「もし自分がこんなクラスにいたら、勉強になんてならん!」でした(笑)

ってか、私が堀越の芸能コースに入る事自体があり得ないんですが^^;

彼女たちは私の1学年下で年代的にもほぼ同じな事もあり、そういう余計な事を考えてしまうのです(苦笑)



でも、こんな可愛い子ばかりいたら、男子としては勉強なんて手につかんでしょ?

私的には史上最強の卒アルなんじゃないかと思うくらいです。



また、皆さん芸能人だけあって、笑顔の作り方がさすがに素晴らしい!(笑)

我々一般人では卒アルの写真でこんな笑顔は作れません^^;




ただ・・・


殆どの方はもうお判りだと思いますが、
上記の画像に写っている10名のうち、もう既に3名の方がお亡くなりなってるわけです。



岡田有希子さんは、アイドルとしてまさに絶頂期であった時に自ら命を絶ちました。

それも、このアルバムを手にしてから1ヶ月も経たないうちに・・・



本田美奈子.さんは、アイドルからミュージカルスターへの転身を図り、
順調に階段を上っている最中の2005年に病で命を落とす事に。。。



そして、松本友里子さん

この名前を見てもピンとこない方もいらっしゃるでしょうか。

「松本友里」の芸名でアイドル歌手としてデビューした彼女ですが、
その名前が広く知られるようになったのは、松平健の2番目の奥様となった時なのかもしれません。

結婚生活は順調だったはずなのですが、
2010年に岡田有希子さんと同じく自らで命を絶つ事に。。。

ご自分のお母様をずっと介護してきたのですが、そのお母様が亡くなられた後に鬱になってしまい、
それが原因で・・・と言われております。




また、この画像には載っていないのですが、
菊池陽子さんという方も1999年に32歳で早世されてしまっているのです。

それも本田美奈子.さんと同じ白血病で。。。



そんな事もあってか、本田美奈子.さんが亡くなられた頃から
「3年D組の呪い」なんて酷い言われ方もするようになっちゃうんですよね。

多分、一番辛かったのは南野陽子ではないかと。。。
岡田有希子さん・本田美奈子.さん両方とも仲が良かったのが南野陽子なんです。
岡田さんとは亡くなる数日前に一緒に映画を観ていたとか。
本田さんのお葬式の時は「私のコメントは流さなくていいから、美奈子.さんの歌を流して下さい」と言って号泣していたのが印象的でした。



確かに、お亡くなりになられた方以外でも
高部知子は人気絶頂期に世間を騒がせた「ニャンニャン事件」がありましたし、
宮崎ますみ(現 萬純)は、乳癌に冒された事があるなど
色々な苦難の経験を持つ方が多いのも事実ですしね。。。


現在でも第一線で活躍している南野陽子や長山洋子にしても
決して順風満帆な芸能生活ではありませんでしたし。



あんまり重たくしたくはないのですが、どうしてもこの話題になるとねぇ。。。
4月8日が岡田有希子さんの命日でもあったので、どうしてもそっちの方向に・・・


私は前述した通り、単にこのアルバムを見て
「このクラス、なんまらスゲ~!」ってのが一番の感想でして・・・^^;


それ以上でもそれ以下でもなく、
ミーハーオヤジとしては「夢のようなクラス」なんです^^



修学旅行の様子が写った画像もあるので、ちょっと見て下さいよ~



堀越1986 3-D 03.jpg


堀越1986 3-D 02.jpg
桑田靖子や田中久美の姿も!



もう何すか、コレ!(笑)


こんな修学旅行だったら、私は間違いなく夜に女子の部屋に忍び込みます(爆)



とまぁ、全くまとまりのない記事になってしまいましたが(汗)


この卒アルを見て私が感じるのは、単にある学校のあるクラスの卒業記念ではなく、
「正統派アイドル時代」自体が世の中から”卒業”していく様が写っているような気に
させられてしまうのです。


ちょうどこの当時は「おニャン子クラブ」ブームを起きてきた頃


70年代から続いた女性アイドルの歴史

天地真理さんの出現から「アイドル」という定義が定着し、
山口百恵さん・桜田淳子さん・森昌子の「中3トリオ」が大ブームとなり、
80年代に入って、我が歌姫・松田聖子や河合奈保子・柏原芳恵・三原じゅん子、
その後、中森明菜・小泉今日子・松本伊代等によってブームが頂点に。

そして、南野陽子・中山美穂・工藤静香・浅香唯が「四天王」と呼ばれる時代を迎えたのですが、
その後は下降線の一途を。。。



現在では、つんくや秋元康によって新たなアイドルの形が定義されてきておりますが、
私にとっては何とも味気のないモノにしか映らなく・・・
ただ、それらを応援している若いファンの方の気持ちはオジサンも判るんですよねぇ^^;


この画像を見ると「あの時代が我々ファンも一番夢を感じる事が出来たなぁ・・・」
などと思わせられるんですよねぇ。。。





あ、そういえばカテゴリー的に「80's J-POP」としているのに歌の話題が全くなかった^^;

とりあえず最後に動画を貼ってごまかしておきますか(笑)


ニコ動のコメントは右下の「・・・」をクリックして消して下さい










長山洋子は「VENUS」よりも、やっぱり「シャボン」の方が名曲でしょう^^



過去の関連記事

岡田有希子さん→http://ginrou-enr34.blog.so-net.ne.jp/2011-04-08

本田美奈子.さん→http://ginrou-enr34.blog.so-net.ne.jp/2012-11-05
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おじさんは、やっぱり80年代が好きです・・・^^;<特別編⑦> [80's J-POP]

怒涛のクソ忙しさに追われておりましたが、
ようやく10日・11日の連休は休めそうな銀狼でございます^^
連休明けから、再び追われますが(汗)


ようやく部屋の掃除が出来る!(苦笑)



前の記事にて、ちょこっと触れましたが
会社で隣席の人がインフルエンザに罹患してしまい、私にも移らないかドキドキものでしたが、
1週間経っても兆候が現れなかったので、どうやら大丈夫っぽいみたい。。。

やっぱり、私はバ〇なのか!?(爆)
でも、副鼻腔炎はまだ完治せず^^;


まぁ、社内で感染しなくても、毎日あちらこちらに動いているので、
どこで貰ってくるかも判りませんし、まだまだ油断は禁物です。
ご来訪頂いた皆様方におかれましても、本当にくれぐれもお気をつけ下さいね^^




さて・・・

ちょっと一休み出来そうなので、今回はいつもの通り
皆様にとって何のためにもならない(笑)記事を書かせて頂きます^^v

実は昨年のうちに挙げておこうと思っていたネタなのですが、
なぜかすっかり吹っ飛んでしまったようで・・・;^_^A

ちょっと時期を逸してしまったのですが、改めて挙げてみたいと思います。




以前、この80年代J-POPシリーズの中で
我が永遠の歌姫・松田聖子がデビューした年でもある、1980年デビュー組の唄い手達を
取り上げた事がありましたが、80年代において もう一つ是非取り上げておかなければならない年があります。


1982年デビュー組です。

聖子やトシちゃんなどがデビューした1980年が80年代アイドル全盛時代の幕開けの年とすれば、
この1982年は、その全盛時代となるのを決定づけた年といっても過言ではないでしょう。

1980年デビュー組の人達は、歌手としてそれぞれのキャラが結構ハッキリ分かれておりましたが、
まだ70年代の流れを汲んでいる事もあってか、従来からのアイドルの概念をぶち破るものでは
なかったように思います。

しかし、今回ご紹介する1982年組は、それぞれの活動の場がバラエティに富んできたり、
事務所の意向に縛られる事もなく、自分の発想でスタイルを作り上げる人が出てくるなど
ある意味で現在のアイドル達への道筋を作った人が多かったような気が致しますね。



ちょっと前置きが長くなってしまいましたが、
豪華な1982年デビュー組の方々を改めてご紹介致しましょうか^^


やはり、まずはこの人を最初に挙げなければなりませんね!



明菜ちゃん.jpg

1982年デビュー組で、間違いなく一番の出世頭であるのは
この中森明菜でしょう。

いや、そんな表現では明菜ちゃんに失礼ですね。

出世頭どころか、昭和を代表する歌姫でしょう。

女性歌手初であった2年連続レコード大賞受賞などの記録もスゴイですし、
抜群の歌唱力に加え、衣装や振り付けに至るまでセルフプロデュースを行うなど
従来の発想になかったアイドル像を創り出し、日本の歌謡界に君臨し続けた存在ですから。




そして、明菜ちゃんと並ぶ存在感を放つ人がもう一人おります。



kyon2.jpg

今では大女優として活躍しているKYON2こと小泉今日子です。

明菜ちゃんと同じくセルフプロデュースを行い、自らのキャラクターを作り上げていった彼女ですが、
当時我々が受けた衝撃度をという点では明菜ちゃんをも上回る事が数多くありました。

「KYON2」という愛称で呼ばれるようになったのも
自らを「コイズミ」と名字で名乗るようになったのも
刈り上げヘアの女性アイドルも
そして、自ら「アイドル」と言いきって唄ってしまうのも

全てKYON2が初めての出来事でした。




でも、上記2名はデビュー当初は出遅れた感があったのですが、
デビュー曲からいきなりブレイクして、賞レースでも常に先頭を走っていたのは、この人でしたね。



伊代.jpg

松本伊代です。

当時放映されていた「たのきん全力投球」にて田原俊彦の妹役という形で芸能界デビュー。
歌手デビュー前から認知度が高かった事もあり、
デビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」がいきなり当りました。

ポキっと折れそうなほど華奢な身体と鼻にかかる独特の声を売りに
王道のアイドル路線を歩んでいたように思います。




次は、アイドル界どころか芸能界に新たなるカテゴリーを生み出した人です。



早見優.jpg

早見優です。

デビュー前の殆どをグアム・ハワイで過ごしていた事もあり、英語が堪能だった彼女。
帰国子女アイドルとして「バイリンギャル」という言葉を生み出し、
英会話に関するテレビ番組のレギュラーや書籍を出版するなど歌手以外の活動も活発でした。

また、その雰囲気から当時のアイドルしては異例のコカ・コーラのCMに抜擢されるなど
他の同期メンバーとは一味違った存在感を誇っておりましたね。




また、この人も本来の歌手活動以外で大きな話題を振り撒いた存在でありました。



堀ちえみ.jpg

堀ちえみです。

歌手活動でも堅調なセールスを記録してはおりましたが、
やはり堀ちえみと言えば、我々の年代にとっては「スチュワーデス物語」でしょうか^^
あえて、その画像にしてみました

大映テレビ製作ドラマ独特の臭い芝居っぷりと、普通ではまずあり得ない台詞やシチュエーション。
これを彼女がやると、その特異さがより際立ったような印象が(笑)

でも、このドラマのインパクトが強すぎて、肝心の曲の方の印象が薄いのが難点です^^;
今では、すっかり子だくさんの肝っ玉かあさんぶりが板についてきましたね。




今度は、前述の松本伊代と並んで典型的なアイドル路線を歩んでいった人を。。。



石川秀美.jpg

石川秀美です。

言うまでもありませんが、現在は薬丸裕英夫人ですね^^

'80年デビューの河合奈保子と同じく、「西城秀樹の妹オーディション」で優勝し、
歌手デビューとなった彼女。

デビューから順風満帆な活動ぶりではありましたが、
正直なところ上記の人達と比べると印象度は薄かったかも知れません。
しかし、同期の中で一番の健康美を誇り、ショートパンツ(昔風で言えばホットパンツ 笑)から見える
太ももに強く惹かれた男子はきっと多かったに違いないはず(爆)
また、ずっとバスケットをやっていたせいか運動神経も抜群で、
当時やっていたアイドル運動会の類では常に優勝候補の筆頭でした。

ここ数年はご主人であるヤックンと共にCMに出演をするようになり、
引退してかなり経過するにも拘わらず、あまりにも綺麗なのに驚かされました^^




最後は、この3人にトリを飾ってもらいましょうか。



シブがき.jpg

シブがき隊です。

解散した今では、それぞれの分野で大活躍の3名ですね^^
まぁ、フックンがちょっと・・・ですが(苦笑)

事務所の先輩であった「たのきんトリオ」に倣って、金八シリーズである「2年B組仙八先生」で
ドラマデビューを果たし、その後正式に「シブがき隊」としてデビューとなります。

賞レースでも松本伊代と共に常に先頭を走り、殆どの最優秀新人賞を持っていくほどの
活躍ぶりでしたが、そんな彼らの特徴と言えば曲のフレーズにインパクトが高いモノが
多かったように思うのです。

デビュー曲「NAI・NAI・16」のサビでヤックンが唄っていた「ジタバタするなよ」とか
今でも話題にあがる「スシ食いねぇ!」なんかは、色んな意味で衝撃度が強い曲でした^^;
ああいう曲を唄えるアイドルって、もういないでしょうねぇ。。。



この他にも、仙八先生でシブがき隊と共に話題となり歌手デビューした三田寛子や
金八先生第2シリーズで人気を博した川上麻衣子に
同じく第1シリーズに出ていたつちやかおり(フックン夫人)、
野々村真の奥さんで、恐妻ぶりで話題となっている坂上とし恵なども同期ですし、
薬師丸ひろ子や宮崎美子・斎藤慶子などの女優陣も歌手デビューとしては、1982年組に入ります。

また、パンジーの3名(北原佐和子・三井比佐子・真鍋ちえみ)がソロデビューしたり、
新井薫子にスターボーなど、アイドルマニアにとっては印象度の高い人達も多くデビューした年でもありました。


今回もなまら長い記事になってしまいましたが、
本当にまともに書いたら、こんな長さでは済まないほど(苦笑)
話題性の高い年でありましたね。


昨年2012年で、ちょうどデビュー30周年を迎えた1982年組。
だから本当は昨年書いておくべきだったのですが^^;


現在でも、殆どの人達をテレビで観る機会が多いのですが・・・

やはり、後は明菜ちゃんの復活が待たれるところです。

明菜ちゃんが復帰した暁には、このメンバーが揃って何か番組でもやってくんないかなぁ~^^

絶対に視聴率高いと思いますよ、テレビ局の皆さん!^^




てなわけで・・・

締めは、やはりピックアップした人達の動画祭りで終わりに致しましょうかね。。。^^♪



※ニコ動のコメントは右下の「・・・」をクリックすると消せます。







明菜ちゃんとKYON2のオマケ動画^^
















シブがき隊だけ、youtubeだから削除されちゃうかも・・・^^;


※以前書いた、1980年デビュー組の記事も読まれていない方は読んでみて下さい^^
http://ginrou-enr34.blog.so-net.ne.jp/2011-08-13



次回更新はまたしても未定ですので(汗)、思いっきり書き倒してやりましたよ!(笑)

まだまだ慌ただしさは続くので、皆様のところへはご挨拶程度のご訪問しか出来ません。
何卒ご了承下さいませ<(__)>
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おじさんは、やっぱり80年代が好きです・・・^^; <その30> [80's J-POP]

だんだん寒くなってきたせいか、
無性に味噌ラーメンが食べたくてたまらない銀狼でございます^^;


でも・・・

首都圏には私の舌を満足させてくれるような味噌ラーメンがないんですよぉ~!(叫)


なんて、そんな偉そうな事言えるほどグルメじゃないんですが、
やっぱり幼い頃から慣れ親しんだ札幌の味噌ラーメンじゃないと食った気がしなくて・・・;^_^A





さてさて、しばらくプロ野球日本シリーズ特別強化体制となっておりました拙ブログでございますが、
ようやく通常モードでの展開に戻らせて頂きます。

とは言っても、相変わらず万人受けするネタは書けないのですけどねぇ^^;



今回は、お得意の80年代J-POPシリーズの第30弾目をお送りしようかと。。。

区切りとなる30弾目にご登場頂くのは、
歌唱力抜群のアイドル歌手としてデビュー後、実力派アーティストへの転身を図り
大成功を収めた歌姫。


しかし・・・

あまりにも速いスピードで人生を駆け抜けて行った方でもあります。。。









本田美奈子.さん01-1.jpg

本田美奈子.さん

7年前の今日11月6日に38年の短い生涯に終止符を打たれました。




美奈子.さんがデビューしたのは1985年

日本の音楽界がまだまだアイドル全盛だった頃です。

歌手デビュー同期には、斎藤由貴・南野陽子・浅香唯といった後のスケバン軍団(笑)や中山美穂、
そして森口博子や井森美幸などといった後にバラドルに転向した人もおりました。

これだけのビッグネームが並ぶ中、
美奈子.さんは群を抜いた歌唱力で周囲を圧倒します。



幼い頃から唄う事が大好きだった美奈子.さん

歌手になりたいという夢を持ってはおりましたが、
”アイドル”として括られる事をデビュー当時から拒んでおりました。
美奈子.さん本人は演歌歌手としてのデビューを希望していたとの話もありました

スタッフから提示されたアイドルっぽいデビュー曲を拒み、
自ら選んだデビュー曲は「殺意のバカンス






デビュー当時、まだ17歳だったにも拘わらず
大の大人を相手にきちんと自分の主張が出来るところは、既に大物の雰囲気を感じさせます。

小柄で華奢な身体つきからは想像出来ないようなパンチのある歌声に、
私は初めて聴いた時に度肝を抜かれました。


『こりゃ、えらい歌の上手い子が出てきたなぁ。。。』

この1曲で、私の中に本田美奈子.さんという存在が完全にインプットされちゃったわけです。



17歳にして、この歌唱力

そして、デビュー曲に作詞:売野雅勇 作曲:筒美京平といったヒットメーカーを起用するなど
スタッフ側も力が入った作品となったのですが、
その意気込みとは相反し、思うようには売れませんでした。


美奈子.さんの存在が大きく認知されるようになったのは
3枚目のシングル※「Temptation(誘惑)」から。
この作品の前に限定盤を1枚だしておりますので、実質4枚目となります

そして、その後にリリースしたシングル「1986年のマリリン」で
大きくブレイクする事になります。





当時としては、アイドルがへそ出しルックの衣装に身を包み、
激しく腰を振って唄う事自体が衝撃的でもあり、大きな話題を呼ぶ事に。

デビュー当時からプロ意識が強かった美奈子.さん

歌唱力だけでは勝負出来ないと判断し、ビジュアル面などでも自らの意見を大きく取り入れ、
規格外のアイドルとして勝負をかけたこの作品が見事大当たり。
時代的にも明菜ちゃんやKYON2といったアイドルのセルフプロデュースが成功した事もあって
周りのスタッフも意見を受け入れやすくなっていた事も幸いしたのでしょうね

ちょうど、当時世界的な話題をさらっていたマドンナをモチーフとした事もあって
和製マドンナ的といったような評判もあがり、美奈子.さんは一気にスターダムにのし上がります。


その後も、テレビドラマの主題歌になった「ONE WAY GENERATION」などのヒット曲を飛ばすなど
順調な活躍ぶりを見せました。



そんな最中の1988年
美奈子.さんは突然、ロックバンド“MINAKO with WILD CATS”を結成したのです。


「自分はアーティストでありたい」と思いながら活動をしてきても、
周りの評価はやはり”アイドル”の枠の中。

そんな評価を打破するためにとった策だったのでしょう。

SHOW-YAやプリプリなどと共にガールズロックバンドが集結したイベント
「NAONのYAON」にも出演するなど、積極的な活動を展開したのですが・・・


大きな成功を収めるまでには至らず、1年半程度の活動で解散の憂き目に遭います。


その後は、デビュー当時に持ち上がっていた演歌歌手としての再デビューなども検討されましたが、
結局はソロのポップス歌手としての活動に戻る事に。

脱アイドルを図った後の活動には大きな話題性もなく
低迷期とも言える期間に入ってしまうわけです。。。




しかし、'90年に美奈子.さんにとって大きな転機が訪れる事になります。


ひょんな事から、ミュージカル「ミス・サイゴン」のオーディションの話が舞い込むのです。


ただ、当時の美奈子.さんは、全くミュージカルに興味を示していなかったそうで・・・

もともとアイドル時代からドラマの話が来ても
「演技よりも歌一本で勝負したい」と言っていた事もあり、
演技力が求められるミュージカルに興味を示さなかったのは、
美奈子.さんにとって当然の事だったのでしょう。


また、第一線で活躍してたプライドもあったようで、
「今更オーディションを受けるなんて出来ない」という気持ちをあったようです。
後に本人が語っておりました


しかし、所属事務所の社長のプッシュに加え、
ミュージカルを運営する東宝のプロデューサーも美奈子.さんを高く評価。

「この作品は台詞はなく、全てが歌で構成されているから大丈夫」

と説得を重ね、何とかオーディション参加にこぎつけます。



更にオーディションに出たところ、
ブロードウェイから来た外国人プロデューサーまでもが美奈子.さんの実力に惹かれる事に。

あっという間に「ミス・サイゴン」の主演を勝ち取ります。

美奈子.さん本人も後に語っておりましたが、
このオーディションの時は「”本田美奈子.”のプライドを捨てた」そうです。
その覚悟が後の大成功に繋がったのでしょう。

ただ、東宝の社内では強い反対が多かったそうです。
”アイドル歌手”にミュージカルが出来るのか?と・・・



しかし、テレビやライブなどで唄っていた”アーティスト”としての歌唱法では、
ミュージカルでは通用しないと1年間ひたすらレッスンに打ち込む事に。

その間、完全に露出がなくなるわけですから、
美奈子.さん本人や事務所も相当の覚悟が要った事でしょう。




でも、その覚悟は実を結び「ミス・サイゴン」は大成功を収め、
美奈子.さんも一躍ミュージカルスターに躍り出ます。

その後も「レ・ミゼラブル」や「屋根の上のバイオリン弾き」といった名作への出演を次々に果たし、
アイドル歌手からミュージカルスターという異例の転身に成功したのは
もう皆さんもご存知の事でしょう。



活動の軸足をミュージカルに置いた後もアーティストとしての活動も並行して行われ、
クロスオーバーの作品にも挑戦するなど、大好きな歌の世界で存分に活動を楽しんでおりました。


浮き沈みはあったものの、順風満帆な活動を行っていた美奈子.さん



そんな美奈子.さんに一番の試練が訪れます。



2005年に「急性骨髄性白血病」である事が判明。
緊急入院を余儀なくされる事になります。

苦しい治療の中でも、笑顔を失わずに努めていた美奈子.さん

必ず再びステージの上に立つとの強い思いを持って病と闘っておりましたが・・・




私は、正直なところ美奈子.さんの大ファンというわけではありませんでした。


でも、彼女の訃報を知った時は物凄い衝撃が走った事を憶えております。

私の1歳年下だったため、同年代のあまりにも早過ぎる死を受け止める事が出来なくて・・・



仮に病に冒されていなければ、まだ45歳

バリバリ第一線で活躍されていた事でしょうね。。。



最後に、美奈子.さんの名曲である「つばさ」と
入院していた病院でお世話になった方達へのお礼として唄った「アメイジング・グレイス」を
UPしたいと思います。。。







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おじさんは、やっぱり80年代が好きです・・・^^; <その29> [80's J-POP]

今週は何かと慌ただしくなりそうな銀狼でございます^^;


週明け早々から、接待やら何やらで仕事もドタバタなのですが、
週末にはプライベートでもお客様をお迎え致しますので(謎笑)、
その準備もしておかなければ。。。


そんな今日この頃ですが、気温もグッと下がってきて
北海道人の私にとっては、ようやく過ごしやすい季節となって参りました^^

1年中、これくらいの気温でいいんだけどなぁ。。。




さて、天候的にも本格的な秋を感じるようになってきた事もありますので、
秋らしいしっとりとした曲が似合うアーティストをちょっとご紹介してみようかと思います。





鈴木雅之.jpg

”マーチン”の愛称でお馴染の鈴木雅之。
この”マーチン”って愛称は、本人がアストンマーチン好きなところから付いたんですってねぇ
つい最近まで、てっきり「雅之」からくるモノだとばっかり思っていたのですが^^;



まぁ、私ごときがご説明する必要などないくらい有名な方ですが、
あえてダラダラと書いてみたいと思います。


鈴木雅之の名前が世に出るようになったルーツと言えば、
やはり伝説のこのグループですね。。。


シャネルズ.jpg
諸事情により、1名だけモザイクかけてます(爆)

日本にドゥワップという音楽ジャンルを定着させた「シャネルズ(後にラッツ&スターに改名)」です。

アマチュア時代の経歴は長くなるので、端折らせて頂きますが(端折るな 笑)、
1980年に『ランナウェイ』でメジャーデビューした彼らは、
日本のミュージックシーンに大きな衝撃を与えました。


それまでにも、日本におけるドゥワップの分野では「ザ・キング・トーンズ」の活躍がありましたが、
我々がドゥワップを身近に感じることが出来るようになったのは、
この「シャネルズ~ラッツ&スター」の存在があったからこそでしょう。


デビュー前から、大瀧詠一や山下達郎などの超大物アーティスト達に認められる程の
実力を持っていた上に、顔を黒塗りにして見た目から黒人風のいでたちにした事で、
より一層注目を集め、一躍スターダムにのし上がるわけです。

目立ついでたちや剽軽なキャラクターを持ったメンバーなどのせいもあって
ちょっと色物的な雰囲気もありましたが、
何よりもドゥワップのみならず音楽って楽しいモノだよ!っていうのを
私は、この「シャネルズ~ラッツ&スター」は教えてもらったような気が致しますね^^


売れっ子になって間もなく、
メンバー数名が事件を起こし謹慎処分になる等の問題もありましたが、
6年間に渡って、ヒット曲を数々生みだしていった「シャネルズ~ラッツ&スター」

しかし、メンバー個々の活動も増えてきたため、
グループでの活動を休止して(現在でも解散扱いとはなっていないようです)
リーダーであリードヴォーカルでもあった鈴木雅之はソロデビューを果たす事になります。



ソロとなってからの彼は、
グループ時代に見せていた「楽しさ」の部分は影を潜め、
大人のラブソングが唄えるソウルシンガーとして、その地位を確立していきます。

'86年ソロデビュー曲である『ガラス越しに消えた夏』は
某インスタントラーメンのCMソングに抜擢された事もあってか、いきなりの大ヒット。
また、この曲は大沢誉志幸プロデュースや
ギターを当時まだBOΦWYでの活動中だった布袋寅泰が務めるなど
大物ミュージシャンのバックアップを受けてのモノだった事も話題となりました。

また、自身の活動だけでなく、実姉である鈴木聖美のデビューにあたってもプロデュースなどを行い、
「ロンリー・チャップリン」(鈴木聖美withラッツ&スター名義)では
姉弟での息のあったデュエットを聴かせてくれました。
ホント、一時期はスナックなどでよく唄わせて頂きましたよ(笑)


その後は、ここでは書ききれない程の活躍ぶりを見せているのは
もう皆さんがご存知の事でしょう。

80年代後半~90年代には、ヒット曲を連発しまくり。

バリバリのアイドルであった菊池桃子とのデュエット曲「渋谷で5時」といった
変化球なども見せてくれて、色んな形で我々を楽しませてくれましたね^^


大人のポップス

大人のラブソング

こういう作品を唄わせたら、いまだに日本では右に出る人はいないのでは?
と私は思っております。


私自身も「こんなシブい大人になりてぇ~」と思い、
彼の曲を唄って少しでも近付きたいとチャレンジするのですが・・・

いやぁ、なかなか彼の曲は唄いこなせません;^_^A
私自身もシブさとは正反対の方向へ行ってしまいました(汗)


声は太いんですが、意外とキーが高い。
ちょっとくぐもった感じの歌声が、ソウルミュージックにピッタリハマる印象があります。

しかし、私の音域は狭いので、唄おうとすると声を張り上げないと唄えないんですよねぇ^^;

しっとりと聴かせるラブソングが多いので、
唄う時も余裕を感じさせるような雰囲気にしたいところなのですが、
全然そんな風には唄えません^^;

って、別に私のカラオケの事はどうでもいいんですが(苦笑)



秋が深まってきましたし、夜長に彼の曲をじっくりと聴いて・・・
なんてシチュエーションがピッタリくるようになってきましたねぇ。

一人でバーボン片手に、なんてのもイイ感じです。。。^^


最後に私が好きな曲を3曲挙げておきましょうか。。。










週明けは慌ただしいため、コメント返しが出来ないかと思います。
一応コメント欄は開けておきますが、何卒ご了承下さいませ。。。
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